試合について思うことを書いていきます。これは少し長めです。
一研会では、試合への挑戦を大切にしています。試合は普段の稽古では得られない経験があるからです。
緊張すること、怖いと思うこと、思うように動けないこと、勝った時の喜び、負けた時の悔しさ、その全てが成長につながります。だから私は、機会があればぜひ試合に挑戦してほしいと強く思っています。
試合はよく高校受験前の模擬試験に似ていると思います。模擬試験を受けることで、自分ではできているつもりだったことができなかったり、逆に思っていた以上に力がついていることに気付いたりします。そして、その経験が本番に向けた勉強の質を高めてくれます。
空手の試合も同じです。実際に相手と向き合ってみることで、普段の稽古では気付かなかった自分の強みや弱みが見えてきます。緊張した場面で何ができて、何ができなかったのか。それを知ることが次の成長への大きなヒントになります。
しかし一方で、試合の勝ち負けだけで人の価値が決まるとも思っていません。どれだけ一生懸命に稽古をしても、相手の方が強いことはあります。素晴らしい内容の試合でも負けることがあります。逆に内容が良くなくても勝つこともあります。勝負は水物、試合は相手がいる世界です。
だから結果だけを見て一喜一憂する必要はありません。勝つことを目標に努力することは大切です。しかし勝利だけを追い求めるあまり、空手を通じて学ぶべき大切なことを見失ってはいけません。
私は、逆に負けた時こそ大切だと思っています。勝った時に笑顔でいることは難しくありません。本当にその人の姿勢や日頃の稽古の成果が表れるのは、負けた時です。
悔しくて涙が出ることもあるでしょう。それだけ真剣に取り組んだ証でもあります。しかし、どれほど悔しくても忘れてはいけないことがあります。試合は相手がいて初めて成り立つものです。相手もまた、自分と同じように時間をかけて稽古を積み、勇気を出して試合場に立っています。
以前、負けた悔しさから、ろくに礼もせずに試合場を降り、保護者のもとへ駆け寄って泣いていた子がいました。その悔しさは理解できます。しかし私は、その行動を褒めることはできません。なぜなら、それまで全力で戦ってくれた相手への敬意を欠いた行動だったからです。逆に、負けた悔しさに耐えながら、堂々と試合場を降り、すぐに気持ちを切り替えて、後輩たちを集めて急遽応援団を編成し、勝ち上がっている選手の応援についてくれた茶帯の男の子がいました。その姿に私が泣きそうになりました。
武道である以上、勝敗の前に礼があります。私は試合の結果よりも、そのような場面で相手に敬意を示せるかどうかを大切にしています。
また、試合は怖いものです。あまりの緊張で、逃げ出したくなることもあります。しかし、その恐怖を克服するために、強くなるために空手を学んでいるのではないでしょうか。怖いから出ない。緊張するから挑戦しない。それでは、自分の弱さを乗り越える機会を自ら手放してしまうことになります。
空手の稽古は、技を覚えるためだけのものではありません。恐怖と向き合い、それを乗り越えるためのものでもあります。だから私は、勝った子よりも、怖くても試合場に立った子を評価します。そして負けても最後まで礼を尽くし、相手を称え、自分の課題を見つけて帰ってきた子を心から誇りに思います。
私が本当に見ているのは、試合の日だけではありません。試合までの日々とその後の日々です。苦手なことから逃げずに努力し、怖くても挑戦した結果、その経験を糧にその後どう変わったか。それこそが大切だと思っています。
試合に出る子も、出ない子もいます。それぞれに目標があります。ただ、試合に挑戦した子たちは、勝っても負けても必ず何かを持ち帰ってきます。一研会ホHPの過去の道場内交流試合のイベントレポートでは、結果だけでなく、その挑戦の過程や成長の様子を私自身の言葉で紹介しています。もしお時間がありましたら、ぜひ過去のレポートもご覧ください。
そこには勝敗以上に価値のある、子どもたちの成長の物語があります。だから私は、結果以上に挑戦したことを誇りに思ってほしいと思います。
そして、試合に出るのであれば、勝つことだけでなく、礼を尽くすこと、相手を敬うこと、そして自分の恐怖に打ち勝つことにも挑戦してほしいと思っています。それこそが、一研会が考える「試合の価値」だからです。
※イベントレポートは、私自身が全試合を観戦し、その日印象に残った選手の名前を挙げて、良かった点や反省すべき点をたくさん書いています。彼ら彼女の頑張りが、私の栄養です。文字通りその日の試合の動画を観ながらご飯を食べるのが昔からの至福の時間です。ぜひご覧ください。
