『褒めて育てる』だけで良いのか

『褒めて育てる』という考え方ってありますよね。道場で指導しているとこの考え方は正しいのか、間違っているのか、という命題に時折悩まされます。保護者の方の考えもあるでしょうし、私自身その時々でどちらの立ち位置にもなっていますので、結論は出しにくいのですが、現在は私なりの『褒めて育てる』のメリットとデメリットを考えて使っています。

 その前置きとして、『褒めて育てる』と言っておきながらですが、私は道場生が真剣に稽古に取り組んでいないときは厳しく叱ります。稽古に真剣に取り組まないなど言語道断。注意していても怪我の避けられない空手という武道にもかかわらず、お互いの信頼関係なしに厳しい稽古など出来ません。

 で、『褒めて育てる』ですが、道場生を褒めるとき、「もうなにもいうことはない」というケースはまずありません。「良いところもあるが、気になるところもある」というケースがほとんどです。その場合はまず良いところを褒めます。どの部分が良かったかを具体的に伝えた後、やはり具体的に改善点を指摘します。そして「こうすればもっと良くなる」ということを伝えます。すると、褒められたことで気をよくしてくれているのか、欠点を指摘しているのにもかかわらず、道場生はその改善に前向きに取り組んでくれます。これは、空手を始めたばかりの道場生でもキャリアの長い道場生でも基本的に同じです。これが私の考える『褒める』メリット。

 しかし、ここで終わると『褒められること』自体が目的になってしまいます。この部分がデメリット。あくまで目的は技術的な向上を手段として、自分に自信を持ち、さらに自分自身を高みに押し上げること。これは絶対に無視してはいけない点です。「褒められて気分が良かった」「楽しかった」で終わっては駄目です。

 初期の頃は「褒められる」ということでモチベーションを維持するのは構いませんが、いずれそれは脱却しなければいけません。今の黒帯や茶帯の道場生には、「もし、急に先生が何らか事情でいなくなっても、先生に褒められることが稽古の目的ではないのだから、自分自身のために稽古を続けるように」と指導しています。